脳震盪(のうしんとう)

意識を失うことが脳震盪ではない。意識があっても、頭痛や吐き気、ぼうっとしていたら脳震盪を疑うこと。
柔道では頭を打つことも多く、絞め技で落ちる(意識を失うこと)こともあるため、「いつものことだ」と脳震盪を軽視しやすい。しかし意識を失っていたらすぐに救急車を呼ぶ必要がある。
頭部をぶつけなくても、体幹部が強い衝撃を受けた場合に脳震盪は発症する(椅子に座り損なって床に腰を強打した時、頭がくらくらした経験をおもちの人も多いだろう)。
下記参考資料でしっかり脳震盪を理解し、けっして脳震盪を軽視してはならない。
(注:一般的表記では「脳震盪」が多く使用され、医学界では「脳振盪」と表記されることが多い。
情報提供者のご専門により表記が分かれている)

脳震盪を軽視すると、セカンドインパクトシンドローム注1や繰り返し脳損傷注2などの重篤事故につながる危険性が高くなる。

注1:セカンドインパクトシンドローム
1回目の脳震盪を軽視して柔道を続けていて、再度脳に衝撃を受けた時、その衝撃がそれほどひどくなくても、急性硬膜下血腫などの重篤な脳損傷を発症したりする。これをセカンドインパクトシンドロームという。(急性硬膜下血腫を参照)
「NHKきょうの健康」 子どものスポーツ頭部外傷を防ごう

注2:繰り返し脳損傷
脳震盪を何度も繰り返していると、重篤な脳損傷や重篤な後遺症を発症する危険が高くなる。これを繰り返し脳損傷という。(急性硬膜下血腫を参照)
「スポーツによる脳損傷を予防するための提言」(2-a)
「柔道事故にみる繰り返し脳損傷」(藤原一枝医師)

下表はアメリカにおけるアメリカンフットボールの年間死亡数の年次推移(黒丸)と脳震盪の年間発生率(白丸) (%:cases/100players/year)の推移である(谷諭先生ご提供)。1960年代のアメリカではアメフトの死亡事故が年間40件近く発生していた。いろいろと調査をして脳震盪の発生と急性硬膜下血腫の発生に深い関係があることがわかり、ルールを改正したり防具を改善したりして、脳震盪の発生率を下げる努力をしたところ死亡事故の発生もほとんどゼロになった。脳震盪を軽視してはならないのだ。

年間脳震盪発生率

「アメフト年間死亡数と年間脳震盪発生率」

 

事故事例

  • 初心者で入部8日目に投げられて頭痛発症。脳神経外科で脳震盪と診断され、練習を休むように指示される。1週間後に通常練習を再開したが、最初の受傷から11日目に再度頭痛。その後も17、18日目に頭痛や食欲不振。 最初の受傷から18日目に荷物番として応援に出かけた柔道大会で、試合前に選手達のウォーミングアップの相手として急に駆り出され、53kgも体重差のある大将から大外刈りで投げられ、急性硬膜下血腫を発症して遷延性意識障害となる(高校1年男子)。
    ……頭痛がある時は柔道厳禁。
  • 柔道部に入ろうと考えて見学に行った地域の柔道場で、2日目に大外刈りをかけられて急性硬膜下血腫を発症。微小な出血だったため手術は行なわず経過観察入院をする。主治医からセカンドインパクトの恐れなどの説明があり、1か月間部活を見学。
    その後、顧問に別メニューを依頼して部活を再開したが、その2週間後受身の練習中に「気持ちが悪い」と言って意識消失。急性硬膜下血腫と脳挫傷を発症して死亡。(中学1年男子)
    ……急性硬膜下血腫を発症した場合は、たとえ微小でも柔道は一生厳禁である。

柔道指導者へ

頭痛の怖さを生徒達にしっかり周知徹底させ、頭痛などの体調不良時の練習がどれほど恐ろしい結果をもたらすかを、生徒自身が肝に銘じるようにしてほしい。

保護者へ

頭痛の怖さを肝に銘じ、我が子が脳震盪を起こした場合は、たとえ軽くても一晩は一緒に寝て、けっして1人にさせてはならない。
脳震盪を起こしたことを我が子が話した場合は、たとえ軽くても学校に連絡を入れ、部活は最低1週間は見学させる。
1週間後の練習再開も、急にまた元の練習内容と練習量に戻してはならない。
ラグビー協会がどれほど慎重であるかを参考にして、親もしっかり目を光らせて欲しい。

 https://www.rugby-japan.jp/about/committee/safe/concussion/guideline.pdf

https://www.rugby-japan.jp/about/committee/safe/concussion2012/certificate04.pdf

 意識を失わせる絞め技にも危険な死亡事故が発生している。

柔道の技の一つに「絞め技」がある。通常は頸動脈を絞めて脳に行く血流を止めることで意識を失わせる。柔道用語では「落とす」と言う。
また、「袖車絞め」といって、気管を絞める絞め技もある。これは窒息させる絞め技だが、落ちるまでにはかなりの時間がかかる。そのため形が決まれば一本として終了のはずなのだが、実際には絞め技での死亡事故も発生している。

事故事例

  • 柔道部監督から絞め技を執拗に繰り返し受け、「参った」のサインを何度しても無視され、「苦しい」と複数回訴えたが監督は更に執拗に絞め続け、絞め技での頸部圧迫、胸部圧迫で窒息死する。(高校1年生男子)

意識を失うだけでも、脳は必ずダメージを受けている。絞め技は形が決まれば一本とし、けっして意識を失わせてはならない。特に脳が発達途上の小中高校生を落とすのは危険極まりない行為である。繰り返し脳がダメージを受け続けると、慢性外傷性脳症(CTE)を発症する危険が高くなる。

何回も脳震盪を繰り返したり、絞め技で落とされたりした経験があり、継続的な頭痛、耳鳴り、集中力の低下や記憶障害などの認知症状を感じる人は、専門医の受診をお薦めする。
アメリカでは5千人以上の元NFL選手達が、脳震盪を繰り返したことで脳に被害が生じたとしてNFLを相手に起こしていた集団訴訟で、2015年4月、NFLが総額で10億ドル(約1200億円)を支払う見通しとなった。

 

【参考資料】




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