急性硬膜下血腫

部活動における頭部外傷による死亡率は、下のグラフで明らかなように、柔道が飛び抜けて高い。

 

頭部外傷の死亡率

中高の主要部活動における頭部外傷の死亡率[1994~2013年度]内田良准教授提供

急性硬膜下血腫発症は回転加速注1によって引き起こされ、生存率は極めて低い。幸い助かっても遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい、いわゆる植物状態)、四肢麻痺、高次脳機能障害などの重篤な後遺症が残り、社会復帰は困難を極める。柔道での死亡生徒の多くがこの急性硬膜下血腫で死亡している。

注1:回転加速損傷
走っている電車のつり革につかまって立っている時に急ブレーキをかけられたら、体は当然前に引っ張られる。慣性の法則である。あまりに急ブレーキが激しければ、つり革から手が離れ倒れてしまうかもしれない。力が強くて手が離れなければ、つり皮が切れるかもしれない。電車を頭蓋骨、つり革は脳と頭蓋骨をつないでいる架橋静脈、立っている人を脳に置き替えて考えるとわかりやすい。これが回転加速損傷である。架橋静脈が切れて出血することを急性硬膜下血腫と言う。

どんなに軽症であろうと、一度でも急性硬膜下血腫や脳挫傷を発症したり、何らかの脳の手術をした者が、再び柔道をすることは厳禁である。
日本臨床スポーツ医学会の「頭部外傷10か条の提言」に、頭の中に出血したことがある、あるいは頭の手術を受けたことがある選手の参加を、全柔連は基本的に認めていないと記述してある(p.31)。「基本的に認めない」となっているが、「基本的に」ではなく「絶対に」認めてはならない。

急性硬膜下血腫は、交通事故のような激しい衝撃を受けなければ発症しない。人間の力だけで急性硬膜下血腫を発症する事例には、乳幼児虐待の揺さぶられ症候群がある。一昔前までは加害者が「ふらついて、つい赤ちゃんを落としてしまった」などと犯意を否定するとなかなか起訴できなかった。しかし近年はたとえ犯意を否定しても、逮捕され起訴されることが多くなった。理由はその発症機序が解明されたからだ。

赤ちゃんの脳に急性硬膜下血腫を発症させるためには、1秒間に3~4往復の揺さぶりをかけなければならない。手元に人形やぬいぐるみ(なければ1ℓのペットボトル)があったら、1秒間に3~4往復のスピードで揺さぶってみてほしい。たとえ1kg程度の重さの物でも想像を超える非常に強い力を必要とし、人形の頭部が首を基点に激しく揺れることに驚いたと思う。これは暴力以外のなにものでもない、とすぐに理解できるだろう。首を基点に頭部が激しく揺さぶられることで、頭蓋骨と脳の動きに差が生まれ、頭蓋骨と脳をつなぐ架橋静脈が引きちぎられるのである。

では柔道での急性硬膜下血腫はどうであろうか。それは今後の科学的解明を待ちたいと思うが、柔道はつねに頭部を回転させる運動であり、頭部をぶつけやすいためか脳震盪に対する危機意識が低く、急性硬膜下血腫を発症しやすいリスクをもったスポーツであることは事実である。

 

柔道で急性硬膜下血腫を発症した被害者を調査すると、

・初心者
・長時間の練習
・実力差(相手はかなりの経験者)
・体格差(体重差、身長差)
・水分を取らせない(水分が不足すると脳が委縮し、架橋静脈が切れやすくなる)
・事故前に「頭痛」を訴えていた(セカンドインパクトシンドローム注2、繰り返し脳損傷注3

など、多くの共通点があった。

たとえ意識を失わないほど微小の急性硬膜下血腫であろうと、一度でも急性硬膜下血腫を発症した者は、我が身を守りたいならば二度と柔道をしてはならない。

注2:セカンドインパクトシンドローム
1回目の脳震盪を軽視したり、小さな急性硬膜下血腫を軽視し、柔道を続けていて再度脳に衝撃を受けると、2回目の衝撃がそれほどひどくなくても、重篤な急性硬膜下血腫を発症したりする。これをセカンドインパクトシンドロームという。

正常な脳は、少しだけ膨らませた風船だと置き換えるとする。少しだけ膨らませた風船は弾力があって、鉛筆を強く突き立てても割れない。しかしパンパンに膨らませた風船に鉛筆を突きたてると、すぐに破裂する。
正常な脳は少しだけ膨らませた風船と同じで、少々の衝撃を受けても破裂することはない。しかし衝撃を受けると、脳は当然腫れ上がる。固い頭蓋骨に囲まれているので外部から見ても脳の異常には気づけないが、脳が圧迫されたり神経が引っ張られたりして、頭痛や吐き気、めまい等の異常信号を発している。それを軽視して柔道を続け、再び衝撃を受けると、その衝撃がそれほど強くなくても急性硬膜下血腫を発症する。

仮に、頭痛薬で頭痛が治まったとしても、それは頭痛の原因が解消したわけではない。頭痛が治まってもすぐに柔道を再開してはならない。完治したことを確認しても、さらに1週間は柔道を控え、それから少しずつ練習メニューを増やすようにして通常に戻していく必要がある。
手足を強く打撲した時、当然患部は腫れ上がる。何日かして痛みがなくなっても腫れはさらに何日も残る。手足の腫れがひくのに時間がかかるように、脳の腫れも時間がかかることを忘れてはならない。つねに頭部に回転運動がかかる柔道は、特に要注意である(脳震盪を参照)。

事故事例:‣合宿3日目朝から柔道部顧問に強い頭痛を訴えたが病院に連れて行ってもらえず、5日目の最終日に副顧問に投げられて急性硬膜下血腫を発症して遷延性意識障害(植物状態)となる(高校1年生女子)。
‣上級生から変則的な大外刈りをかけられ頭を強打。頭を抱え込んで痛がっていたのに、練習を続けさせられ、再度同じ上級生に投げられて急性硬膜下血腫を発症して死亡(中学1年生男子)。

注3:繰り返し脳損傷
脳震盪を何度も繰り返していると、重篤な脳損傷を発症する危険性が高くなる。
それを繰り返し脳損傷という(脳震盪を参照)。

事故事例:‣柔道初心者。柔道部に入部した一か月後の練習中に頭部を打ち、頭痛が続いたので、救急外来と脳神経外科外来を受診。CT検査で異常なし。定期試験後に再開した練習中再度頭を打ち、また頭痛が続くので、脳神経外科を受診。医師から練習の休止は指示されず。次の日、乱取り中、体格差のある上級生に大外刈りで投げられ、後頭部を強打し、急性硬膜下血腫を発症して、死亡(高校1年男子)。

意識を失っている受傷者は、救急車が到着するまでけっして動かしてはならない。例えば建物が倒壊するなど、どうしても移動させなければならない危険性がある場合は、けっして頭部が揺れないように固定し、畳ごとそっと動かす。事故事例を調べると、倒れた生徒の柔道着を持って、柔道場の隅や通路まで引きずって移動させている事例が何例も見られるが論外だ。その行為が受傷者の命を失わせたり、重篤な障害を残すことになることを、指導者は肝に銘じるべきだ。柔道では絞め技で落としたり落とされたりするためか、意識を失うことに対し鈍感になっているようだ。意識を失っている場合は、頭部や頚部に細心の注意が必要である。

事故事例:‣柔道部顧問に7分間休みなしに投げられ、その間に袖車絞め(気管を絞める絞め技)で2回も落とされた(意識を失うこと)が叩いて意識を戻させられた。さらに、休憩も入れずに再度投げ続けられ、急性硬膜下血腫や脳挫傷を発症して意識を失った。それにもかかわらず他の者の稽古の邪魔になるとの理由で、顧問は倒れた生徒の袖とズボンを掴んで柔道場の隅まで引きずった。幸い一命を取り留めたが、高次脳機能障害者となり障害者手帳2級(中学3年生男子)。
‣柔道クラブで乱取り中に生徒が時計を見たことで指導者が切れ、さらに激しく一方的に投げて意識を失わせた。しかし指導者は救急車を呼ばずに、自ら意識を失った生徒を抱きかかえて、近くの個人病院に走った。しかしその病院が休診だったため、さらに別の個人病院に走り、病院が救急車を要請。しかし急性硬膜下血腫を発症していたため死亡した(小学校1年生男子)。

意識を失って自分の首も支えられない者を引きずったり、抱きかかえて走れば、頭部がどれほど揺れるか想像して欲しい。動かさずにすぐ救急車を呼んでもらっていたら、この小学1年生は命が助かっていたかもしれない。顧問に引きずられなかったら、この中学生はこれほどひどい障害を残さなかったかもしれない。

意識を失っているのに救急車を呼ばないケースは上記事例だけではない

事故事例:‣合宿1日目に足を怪我して頭も打ったようで、次の日から強い頭痛を訴えたが病院を受診させてもらえず、5日目の最終日に副顧問に投げられて急性硬膜下血腫を発症。しかし通路に20分も放置されて遷延性意識障害(植物状態)となる(高校1年生女子)。
‣昇段審査会で形の模範演技終了後に体調不良を訴えたが、道場外のロビーに放置された。友人からの連絡で迎えに来た母親が119番通報。急性硬膜下血腫を発症しており、遷延性意識障害となる(高校1年男子)。
‣上級生に乱取りと称して柱に叩きつけられたりして意識を失ったが、保健室に寝かされたままで放置され、学校に呼ばれた母親が自ら119番通報した。急性硬膜下血腫で遷延性意識障害となる(中学1年女子)。
‣上級生から変則的な大外刈りをかけられ頭を強打。頭を抱え込んで痛がっているのに、指導者は稽古を続けさせ、再度投げられて意識を失う。しかし指導者は熱中症と勘違いして扇風機の前に放置し、急性硬膜下血腫で死亡(中学1年男子)。

「脳震盪」の項でも申し上げたが、意識を失っていたら絶対に動かさずに即救急車である。
1分1秒でも早く病院に担ぎ込むことが、生死を分ける。

 

【参考資料】




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