日本の人気スポーツ柔道における虐待 ・柔道(柔の道)の犠牲者

  DER SPIEGEL(ドイツ)
                         2021年8月7日
https://www.spiegel.de/sport/olympia/olympia-2021-missbrauch-in-japans-volkssport-judo-die-opfer-des-sanften-weges-a-20386d06-4b89-4aa8-9552-4c8878677b94
(注:Armbrecht記者の許可をいただき和訳)

柔道は日本という国にとって重要な宝である。しかし他の競技と同じように体罰の文化があり、そこから死に至ることもある。ひとりの母親が自分の息子の経験からある変化を求めて戦っている。

7分間、顧問は息子を攻撃し続けた、と小林恵子は言う。その間息子は狂ったように投げ技をかけられ、2回絞め落とされた。

袖車という技は気管を圧迫する。2回この技で意識を失った息子は最後には脳出血で倒れた。すべてがスポーツ推薦のためにです、と母は言った。

小林恵子は早口で話し、メモを取る。落ち着いているが強さがある話し方をする。16年前、末の息子泰地が15歳のときに何が起きたか話してくれた。

泰地は脳出血のほか骨折、軟骨の損傷、打撲、神経細胞の損傷などを負い、「奇跡的に命は助かったが重度の脳障害が残った」と語った。

「息子は奇跡的に助かった」― 小林恵子(被害者の母親)

日本は多くの武道の本場であり、柔道もその中に含まれる。柔道の起源は古いが現在の形の柔道は19世紀末に東京の教育者の学校で開発された。1911年に明治天皇は武道を学校の必修科目とした。柔道は「やわらの道」であり、体を動かすことに加えて哲学でもある。
現在東京で開催されているオリンピックでは、柔道の国民人気は高く、優れた成績を誇っている。

しかし、日本のスポーツ界には折檻の伝統がある。体罰とよばれる考え方は暴力を訓練方法として正当化しており、現在でも多くの人が人格形成や最大の成績をあげるために必要だと考えている。
人権擁護の活動家たちはその廃止を求め、小林恵子も同じ目的の運動を行っている。

昨年ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が日本のスポーツにおける虐待について調査結果を発表した。柔道以外のスポーツの案件も含まれている。数年前に対応策が発表されていたにもかかわらず、日本の若いアスリートたちはいまだに多くの暴力、性的虐待、言語による虐待に苦しんでいると述べている。
高校球児がランニングに真剣に取り組まなかったという理由でチームの前に引きずり出され、監督から暴行を受けて血を流したこと。水球のプロ選手の話では子供たちが水泳帽の紐で首を絞められ、また軍隊のように水中に沈められ息ができない状態にされたこと。また生徒がグラウンドでミスをしたらバットで叩かれた件も報告されている。

平手打ちは“チームを強化するために必要な措置”と監督は正当化 ―ヒューマン・ライツ・ウォッチ報告書

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、大阪の高校生バスケットボール部員(17歳)が自ら命を絶った事件についても調べている。高校生は遺書を残しており「顧問の暴力に耐えられなくなった」と書かれていた。顧問は高校生を数回平手打ちしたことを認めたが、「チームを強化するために体罰は必要な教育措置だ」と正当化している。また報告書は、柔道、陸上競技、卓球、バレーボールにも同様に生徒を自殺に導く罠があると述べている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは更に50以上のスポーツ分野で800人以上に虐待の経験について調査を行った。

スポーツにおける体罰や虐待は、学校や連盟からエリートスポーツ界に至るまで多岐にわたっている。オリンピックやパラリンピックの参加選手も被害にあったと言われている。しかし学校や連盟は加害者をめったに罰しない。

小林恵子の息子は16年前に教師の怒りをかったと思われる。理由は、息子が高校への推薦入学を断ったからだ、と母親は言う。先生の面目は丸潰れだっただろう。
その顧問を恐れて息子は部活に行かなくなった。ところがある日顧問は息子を強制的に道場に連れて行き、そこから命を落としかねない試練が始まった。

学校と柔道関係者は「不幸な事故だ」と言ったが、母親は強い疑問を抱いていた。当時は誰も負傷の原因を調べようともしなかったため、当時住んでいた横浜市の市長に第三者による調査を嘆願したが、それも実現しなかった。

小林は独自の調査を始めた。日本では中学・高校の学校内における柔道事故の死亡者数は1983年から2009年の間に110人で、275人の子どもに後遺症が残ったことがわかった。一方、欧州や米国の柔道連盟に尋ねたところ過去25年間に死亡例は一件もないという。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2021年までの日本での子どもの柔道事故死亡者数を「少なくとも121人」と述べている。

「子どもたちに暴力を受ける必要がないことを教えなければいけません」― 小林恵子

小林は、息子の事故が刑事事件にはならなかったという。検事はこう言って起訴処分にしなかった。「柔道場で柔道着を着て柔道の技を使えば、どこまでが柔道でどこからが犯罪か区別がつかない。」
顧問は現在も中学校の教師をしていると小林は言う。

2010年に他の柔道事故被害者遺族と共に「全国柔道事故被害者の会」を設立。様々な場面で柔道事故防止やこれまでに起きてしまった事故について話している。「子どもたちは暴力を受ける必要はなく、そのような場面では助けを求めるべきだ」と教えなければならない。

柔道事故被害者の会が出来てから柔道の死亡事故は減っているが、それでも2~3年に一回は死亡事故が起きている、と小林は強く語った。一方重度の障害者になる事故は相変わらず発生している。

メダル獲得のための虐待 

「やめられる」と「やめたい」の違いかもしれない。教育の場であっても体罰をやめない、
日本社会にはこの考え方がまだ残っている、と杉山は言う。スポーツ法を専門とする東京の弁護士杉山翔一は「平手打ちが教育の一環として広く受け入れられている」と指摘した。2000年に児童虐待防止法が施行され、その後体罰が犯罪行為として禁止された。しかし調査によると約40%が体罰は教育として必要だと答えている。

多くのコーチ、親、そして選手も強くなるには体罰が必要だと考えている。「自己保身の部員たちは事件があっても情報が外部に流出しないよう秘匿することがある。外部に知られると自分たちを強くしてくれた顧問がいなくなる可能性があるからだ」と杉山は言う。

「日本では好ましくないことは黙っておくという文化があるため、政府は防ぐための対策をほとんど行っていないと思う」と杉山は話した。

学校とスポーツ団体は被害者の予防や保護に関して無責任ではない ― 杉山翔一弁護士

2013年に日本のスポーツ界が2つの大きな不祥事を経験した後、政府は体罰や虐待の取り締まり強化を約束した。当時は高校生の自殺が相次ぎ、また15人のオリンピック出場柔道女子選手がコーチによる虐待を訴えて大きく報道された。政府による小さな改革は国民に十分な変化を及ぼさなかった。
被害者や人権活動家はオリンピックの時期に何か変わることを期待していた。

オリンピックの数日前に「#AthletesAgainstAbuse(虐待に反対するアスリート)」という世界的な支援キャンペーンが開始された。目標の一つは日本における安全なスポーツのために独立したセンターを作ることである。学校やスポーツ連盟は被害者の予防・保護に関しては独立していない。アメリカには既にモデル・プロジェクトがあり、ドイツでも検討されている。

2022年には新しいスポーツ予算を政府が組むだろうから、センターのための資金援助を受けたいと杉山は述べた。そうすればこのオリンピックに関して様々な論争があるにもかかわらず、ひとつ良いことがそこから生まれることになる。

Anne Armbrecht
Redakteurin Sportressort




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