暴力による学校教員の懲戒免職処分事例

宝塚市立長尾中学校柔道部顧問が、無断でアイスクリームを食べた1年生部員2人に投げ技や寝技をかけ続けた事件で、1人は胸椎を折る重傷を負い、もう1人も首や足にけがを負った。この顧問は昨年10月懲戒免職となった。
生徒に対するわいせつでの懲戒免職者は、2019年度だけでも121人もいる一方で、体罰での免職処分は過去に遡ってもほとんど認められない。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020122200864&g=soc

報道された範囲内において、過去に懲戒免職処分になった事例を以下にまとめた。
驚くべきことに1945年以降75年間でたった12件しかない。
(注:1982年にも、体操服を忘れた罰として心臓に持病のある生徒(中1)にランニングをさせて死亡させた、懲戒免職処分事例があると言われているが、詳細はまだ不明である。
この事案について、及び、他の体罰による懲戒免職処分事例について、当会に情報をお寄せ頂きたい)

 
暴力による学校教員の懲戒免職処分事例  全国柔道事故被害者の会作成

2020年2月15日付

1. 1985年5月 岐阜県 高校
岐阜県立岐陽高校の修学旅行中の宿舎(千葉県)で、「禁止されていたドライヤーを持ち込んだ」として担任教諭が生徒に体罰を加え死亡させた。この教諭は、生徒に正座させて、ビンタし、頭部を殴打し、肩を蹴りつけて転倒させた。さらに、倒れた生徒の頭部を二度蹴り、起きあがろうとした生徒の肩や腹を蹴りつけた。生徒はその約2時間後、急性循環不全で死亡した。加害教諭は普段は体罰を行わなかったが、この学校では体罰や管理教育が強く推奨されており、他の教員から「指導が甘い」などの圧力を日常的に受けていた。
教諭は逮捕後の7月15日付で、岐阜県教育委員会から懲戒免職処分を受けた。1986年3月19日千葉地裁で懲役3年の実刑判決が下った。体罰事件での実刑判決は戦後2例目となった。(1例目は参考事例①私立芝中学校)
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-6786/
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/number/850509.html
1985年7月15日付朝日新聞
1986年3月19日付読売新聞

 

2. 1986年7月2日 石川県 中学校
石川県小松市立芦城中学校で、2年生を担任していた数学科担当の男性教諭(当時24歳)が、担任クラスの男子生徒を、「忘れ物が多い」として校内の宿直室に呼び出し指導した。その際、教諭は生徒に平手打ちをし、さらに足払いをかけて宿直室の畳の上に倒した。生徒は頭部を強打し、3日後に死亡した。
石川県教育委員会は1986年10月24日付で、教諭を懲戒免職処分にした。教諭は傷害致死罪で逮捕・起訴された。1987年8月26日、同罪によりこの教諭に、懲役2年6か月、執行猶予3年の判決が金沢地方裁判所で下された。(戦後傷害致死罪で有罪判決を受けた3例目)
当該生徒の母親は末期がんの闘病中であったが、生徒の死亡後、あとを追うように亡くなった。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7096/
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/message2002/me020713.htm
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/number2/860702.htm
1987年8月27日付朝日新聞
当会注:投げ技や足払いをかけているため、この教諭に柔道の心得があったと思われる。

 

3. 1987年1月17日 神奈川県 小学校
川崎市立桜本小学校で、養護学級を担任していた男性教諭・M(当時33歳)は、2年生の男子児童(8歳)が指示に従わなかったとして、児童の頭をこぶしで数発殴りつけた。児童は帰宅後頭痛を訴えて病院を受診したが、翌日1987年1月18日に硬膜外血腫で死亡した。
死亡した児童は頭蓋骨狭窄症の障害を持ち、生後6ヶ月の時に外科手術を受けていた。
川崎市教育委員会は1987年2月10日、Mを懲戒免職処分にした。
Mは傷害致死容疑で逮捕・起訴された。1987年8月26日、横浜地裁川崎支部で、Mに懲役3年(求刑懲役5年)の実刑判決が下った。Mは判決を不服として控訴した。二審東京地裁では原判決を破棄し、被告が教育熱心だったと判断して情状酌量をおこない、懲役2年の実刑に軽減した。二審判決を受けて最高裁への上告がおこなわれたが、最高裁第一小法廷は1988年11月までに上告を棄却し、懲役2年の実刑が確定した。(戦後傷害致死罪で有罪判決を受けた4例目)
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7098/
 

4. 1990年7月6日 兵庫県 高校
H教諭を含む3名の教諭が校門前で遅刻指導をしていた。午前8時半のチャイムが鳴ると同時に、Hは重さ約230kgの鉄製門扉を勢いをつけて閉めた。その際に、校門に入ろうとした女子生徒の頭を挟んだ。生徒は病院に搬送されたが同日昼過ぎに死亡した。兵庫県教育委員会は1990年7月26日、Hを懲戒免職処分にした。
H元教諭は業務上過失致死容疑で起訴された。神戸地裁はHに、禁錮1年・執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。
Hは、過去に勤務していた西脇工業高校(西脇市)・松陽高校(高砂市)でも「体罰」・暴行事件を起こしていた。松陽高校では顧問を務めていた野球部で、部員を繰り返し殴る蹴るなどしてけがを負わせたとして、傷害罪で罰金5万円の略式命令を受けている。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7169/
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/number/900706.html
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202007/0013480113.shtml

 

5. 2002年8月30日 群馬県 高校
県立舘林商工高校剣道部の高校2年生N君は、8月30日午前11時50分頃熱中症で意識を失って倒れ、脱水性の腎不全で死亡した。N君は8月に入って風邪で体調を崩し部活動を休みがちだった。当日の部活は午前9時に始まり、N君は11時過ぎ頃からふらふらし始めた。顧問はN君の体調を知っていたにもかかわらず、自分と1対1で激しい練習をさせた。N君が倒れても、2時間後に搬送するまで顧問は適切な措置を取らなかった。
この顧問は、前年の秋ごろにも、N君の顔を2、3回平手打ちしており、その際、左目に痣が残るほどであったことが遺族の証言で分かっている。顧問は他の生徒にも平手打ちをしているが、校長は口頭で指導しただけで、県教委には報告しなかった。
顧問教諭は前任校でも、指導中に椅子を振り上げて生徒にケガをさせたり、殴ったりして、停職1カ月を含む3回の懲戒処分を受けている。11月22日、群馬県教委は顧問教諭を懲戒免職にした。文科省によると、全国の学校内での事故などで教員が懲戒免職になったのは、過去10年間で初めてである。
2002年11月23日付朝日新聞
当会注:死因は熱中症だが、N君の体調を知りながら顧問自身と激しい練習をさせ、意識を失っても2時間も放置し続けた顧問の行為は暴力そのものと判断し、ここに書き加えた。
 

6. 2003年度の文科省発表に懲戒免職の記載あり。詳細は不明。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/stmlib/41/0/41_KJ00006141539/_pdf/-char/ja
(p.161 H14年度~H19年度までの体罰による懲戒免職人数あり)
この事例は、事例⑤の可能性もある。
 

7. 2012年7月13日 兵庫県 小学校
神戸市東灘区の神戸市立渦が森小学校で、2011年9月頃から、特別支援学級担任教諭・K(60)が受け持ちのクラスの知的障害児に対し、「体罰」や暴言など虐待行為を繰り返していた。
Kはカッターナイフの刃を出し「これでお腹を切って給食を入れたほうが早いんちゃうか」と脅すなどしていた。2012年には、Kは金属製ハンガーを伸ばして針金状にし、片方をコンセントに差し込み、もう片方を児童の顔面に突きつけて「感電するやろな」と脅す行為もあった。神戸市教育委員会はKを懲戒免職処分にした。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7226/
2012年7月14日付毎日新聞

 

8. 2013年2月13日 大阪府 高校
2012年12月23日、大阪市立桜宮高校バスケットボール部キャプテンの男子生徒が、大阪府内の自宅で首吊り自殺しているところを発見された。生徒が残していたメモや周囲の証言から、バスケットボール部顧問の男性教諭(当時47歳)が「指導」と称して日常的に暴力を加え、生徒がそのことを苦にしていたことが明らかになった。
大阪市教委は2月13日付での懲戒免職処分を正式に決定。「体罰」を直接の原因とした懲戒免職処分は、異例のものだという。
大阪地裁は2013年9月26日、元教諭に懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を下した。
地裁は、元教諭の行為を理不尽な「体罰」と指摘する一方、懲戒免職で社会的制裁を受けた被告が反省の意を示したなどとして、執行猶予をつけた。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7085/
2013年2月14日付朝日新聞

 

9. 2013年3月29日 宮崎県 高校
宮崎県立宮崎商業高校の柔道部顧問教諭Kが、長年にわたって部員に「体罰」・暴力を繰り返したとして、宮崎県教育委員会は、常習的な「体罰」や部活動経理上の不正を理由に、K(当時54歳)を懲戒免職処分にした。
被害者側が被害届を出し、Kは傷害容疑で書類送検されたが、検察が2014年7月25日付で不起訴処分とした。
Kは以前勤めていた千葉県柏市立柏高校でも女子柔道部の顧問を務めていたが、2000年と2001年の2度にわたって生徒に暴行を加え停職1カ月の懲戒処分を受けていた。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7382/
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7380/
http://kyoukublog.wp.xdomain.jp/post-6045/
http://kyoukublog.wp.xdomain.jp/post-5637/
http://edunews.web.fc2.com/sample2.html
2013年3月30日付毎日新聞
当会注:傷害罪としては不起訴となったが、不正経理に関しての立件は不明。

 
10. 2016年12月22日 埼玉県 小学校
埼玉県教育委員会は白岡市立菁莪(せいが)小のI教諭(54)を懲戒免職処分とした。
I教諭は同年10月、担任を務める特別支援学級で、一方的に腹を立てて小4の男児(10)を殴り、顎の骨を折って男児に全治1年の重傷を負わせ、傷害罪で逮捕、起訴された。
さいたま地裁で公判が行われた。
https://www.sankei.com/region/news/161222/rgn1612220047-n1.html
当会注:公判の結果は不明である。

 

11. 2018年8月1日 和歌山県 高校
2018年7月、和歌山県立星林高校のラグビー部顧問が、部内合宿で飲酒して指導した。
さらに、3年生部員の男子生徒の指摘に逆上し、その生徒を引きずり倒して頭を踏みつけて、生徒に頭蓋骨骨折のケガを負わせるなどした。和歌山県教委は、顧問の男性教諭(35)を同日付で懲戒免職処分にした
https://mainichi.jp/articles/20180802/k00/00m/040/090000c
http://kyouiku.starfree.jp/d/taibatsu-2010/
 

12. 2020年9月25日 兵庫県 中学校
宝塚市立長尾中学校の上野宝博柔道部顧問(50)は、柔道部の指導中、部活動OBからの差し入れとして届けられ部の冷蔵庫で保管していたアイスクリームを食べたことを認めた1年生男子生徒2人に、約10人の部員の前で暴行を加えた。上野顧問は、生徒Aを10回以上投げつけたのち、後ろから「片羽絞め(絞め落とす、即ち失神させるのが目的の絞め技)」をかけた。A君は脚をばたつかせてもがき、間もなく気を失った。すると上野顧問は、A君に馬乗りになって激しいビンタをした。それによって意識を取り戻し、柔道場から逃げようとしたA君を、野顧問は再び捕まえて技を掛け続けた。A君が逃げ出すと、今度は生徒Bに、眼鏡を外させて約3分間寝技をかけ続けた。B君は首や腰にケガを負った。A君はこの暴行により、背骨を圧迫骨折する全治3か月の大けがを負った。
10月になって、両生徒の保護者から警察に被害届が出され、上野顧問は10月12日、傷害容疑で逮捕された。
兵庫県教育委員会は11月24日、上野宝博教諭の懲戒免職処分を決定した。神戸地検伊丹支部は2020年11月2日、上野宝博を傷害罪で神戸地裁伊丹支部に起訴した。
上野宝博被告は2011から2013年にかけて、前任校で体罰により3回の処分を受けていた。
1. 柔道の試合場で、他校に暴言を吐いた生徒の顔を平手打ち……訓告処分
2. 態度が悪かった生徒を押し倒して顔を踏み蹴りつけて、口を切るけがを負わせる
……訓告処分
3. 生徒指導中に、ふざけた生徒に頭突きをして鼻の骨を折る
……減給1/10(3か月の減給懲戒処分
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-10031/
https://mainichi.jp/articles/20201125/ddl/k28/040/253000c
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202012/0013927653.shtml
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202012/0013930090.shtml
2020年12月21日、全柔連は、上野宝博顧問の行為は生徒の命を脅かすものとなりかねないとして、同顧問を除名処分とした。
https://www.sanspo.com/sports/news/20201221/jud20122119320001-n1.html
https://www.daily.co.jp/general/2020/12/21/0013955070.shtml
2021年1月21日、上野被告の初公判が神戸地裁で開かれた。上野被告は起訴内容を認め、「生徒がアイス菓子を無断で食べたことを強く指導しなければいけないと思い、感情のコントロールがきかなかった」などと述べた。
検察は、生徒2人は柔道初心者で、技をかけられて1人は気絶したが、上野被告は顔面をたたいて起こして、暴行を続けたと指摘。2人は事件後、柔道部をやめ、今も胸の痛みが続くなどの後遺症にも苦しんでおり、検察が、「結果は重大だ」と述べた。被告は事件以前にも体罰で複数回懲戒を含む処分を受けており、「再犯の可能性が高い」とした。
https://mainichi.jp/articles/20210122/ddl/k28/040/229000c
https://digital.asahi.com/articles/ASP1Q3R5WP1QPTIL002.html
生徒2人に柔道の技をかけて重軽傷を負わせたとして、傷害罪に問われた兵庫県宝塚市立長尾中学校の元教諭、上野宝博(たかひろ)被告(50)=懲戒免職=の判決公判が2月15日、神戸地裁であり、国分史子裁判官は「肉体的苦痛かつ精神的苦痛を加えた」として、懲役2年執行猶予3年(求刑懲役2年)を言い渡した。
https://digital.asahi.com/articles/ASP2H3T3CP2DPIHB03C.html
https://mainichi.jp/articles/20210215/k00/00m/040/068000c
https://news.yahoo.co.jp/articles/0aad6719f054ede8a8043d0a9dc9c150a572e16a
 

【私学関係の懲戒解雇事例】

1. 1984年6月
宇都宮女子商業高校のO教諭が、担任する1年生の女子生徒に対し、掃除をさぼったなどの理由で3回にわたりこぶしで殴った。O教諭は以前にも殴ったりしたことがあったため、学校側が同年7月、O教諭を懲戒免職にした。それに対しO教諭は、生徒への体罰を理由にしての解雇は不当だとして、学校法人宇都宮学園を相手に、「懲戒解雇は学校側の懲戒権の乱用である」と地位の確認と損害賠償を求めて訴訟を起こした。1988年6月30日、
原告の訴えは棄却された。またO教諭の、「労働組合書記長だった自分の解雇は不当労働行為である」との主張も、原告に懲戒解雇の理由があるので不当労働行為ではないと退けた。
1988年7月1日付朝日新聞
 

2. 1995年7月17日
近畿大学附属女子高校で、教諭M(当時50歳)は、自分が担当する科目(簿記)の追試の際、受験する必要のない生徒数名が教室に残っていたので、その生徒たちに教室の外に出るように指示した。その際Aさんを数回殴りつけ、コンクリートの壁に押しつけて、意識不明に陥らせた。Aさんは翌日18日に死亡した。
Mは逮捕・起訴された。学校法人近畿大学は、1995年8月8日付でMを懲戒解雇した。
1995年12月25日に福岡地裁で懲役2年の実刑判決が下された。Mは控訴したが、二審福岡高裁は、Mの控訴を棄却した。Mは上告せず、1996年7月9日に懲役2年の実刑判決が確定した。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7106/
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/number/950717.html
 

3. 2010年2月27日
学校法人法政大学は、「2010年1月、修学旅行先の北海道の宿舎で、禁止されているゲームなどを持ち込んだとして、教諭2人が生徒を殴る蹴る・丸刈りにする・没収したゲームの麻雀牌を入れたみそ汁を飲ませるなどの暴力行為を加えた」として、同日付で法政大学高校(東京都三鷹市)の教諭2人を懲戒免職にした。管理責任者として、校長・副校長・大学総長・高校担当の学校法人理事も減給処分を受けた。
http://kyouiku.starfree.jp/d/taibatsu-2010/
 
 

【暴力とわいせつが絡んだ懲戒免職処分】

1. 2000年12月4日
熊本県教育委員会は、「『写生大会の絵の題材が同じだった』として児童を全裸にする罰を与えたなど、日常的に『体罰』を繰り返した」として、県内の町立小学校の男性教諭を懲戒免職処分にした。
http://kyouiku.starfree.jp/d/taibatsu-2000/
 

2.2008年6月27日(事件から12年後に懲戒免職)
1996年、大阪市立中学校に保健体育科教諭として着任した男性教諭E(1996年当時32歳)は、剣道部顧問となり、部員に暴力や性的虐待行為を繰り返した。12年後に裁判で認定され、当該教諭は事件を否定したものの、判決確定後に懲戒免職となった。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7110/
2014年3月29日付毎日新聞

 

3. 2016年10月20日
横浜市教育委員会は、「2014年から、部活動の指導中に暴力行為やわいせつ行為を繰り返した」として、市立中学校で部活動顧問だった男性教諭(49)を懲戒免職処分にした。同教諭はこの行為を、「指導の一環だ」と話したという。
男性教諭は前任校でも体罰を行っていたが、その情報は赴任校に引き継がれていなかった。
http://kyouiku.starfree.jp/d/taibatsu-2010/
2016年10月21日付読売新聞
当会注:部活動名は不明
 

4. 2017年5月29日
堺市教育委員会は、「部活動指導中に生徒に暴力を繰り返したり、『裸になれ』などと命じるなどの行為を繰り返した」として、市立高校の男性教諭を懲戒免職にした。
http://kyouiku.starfree.jp/d/taibatsu-2010/
https://www.excite.co.jp/news/article/Sirabee_20161145665/
 

【宝塚市の事例より悪質でも懲戒免職処分を受けていない事例】

1. 2004年12月24日
横浜市立奈良中学校柔道部顧問Tは、3校からのスポーツ推薦を全て断った中3男子生徒を校門で待ち伏せして柔道場に連れ戻し、7分間にわたってこの生徒に、体落とし、足払い、内股、大外刈り小内刈り、背負い投げ、一本背負い、ともえ投げ、小外刈りを次々とかけた。その間、気管を絞める袖車絞めで2回も絞め落とし、頬を引っぱたいて意識を戻すとまた投げ続けた。男子生徒は急性硬膜下血腫、脳挫傷などを発症し、高次脳機能障害などの重い障害が残った。
警察は傷害罪でT顧問を書類送検したが、検察は「柔道場で柔道着を着て柔道技を使えば、どこまでが柔道でどこからが犯罪か線が引けない」との理由で不起訴にした、両親が検察審査会に訴え、その後不起訴不当で再捜査となったが、再度不起訴となった。
Tは講道館杯優勝者であったためか、市教委から何ら一切の処分を受けていない
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/number2/041224.html
http://www.jca.apc.org/praca/takeda/message2011/me111229.html
 

2. 2005年8月2日
神戸市立御影中学校柔道部は、2005年8月1~3日の日程で、淡路島で合宿をおこなっていた。1年生の男子生徒が練習中に、「インフルエンザにかかったようで頭が痛い」と訴えたが、顧問X1臨時講師(29)(男性・保健体育担当・柔道有段者)と、副顧問X2臨時講師(25)(男性・数学担当・柔道有段者)は「冗談だろう」「練習をさぼるための口実」などと見なし、8月2日午後9時頃から約1時間にわたり、宿舎の1階ロビーで生徒を正座させて説教した。その際、顧問が「練習に気合いが入っていない」などとして生徒の腹を蹴ったり平手打ちするなどした。
生徒はその直後の午後10時過ぎに入浴したが、風呂場で倒れた。午後10時35分頃、X2が異変に気づいて119番通報。救急隊が駆けつけたときには、生徒はけいれんを起こしていた。生徒は病院に運ばれたが、翌8月3日未明に死亡した。
2006年12月18日、兵庫県警捜査1課と淡路署は、顧問のX1臨時講師・副顧問のX2臨時講師を書類送検した。神戸区検は2007年7月までにX1、X2を略式起訴し、神戸簡裁はX1に罰金50万円、X2に罰金30万円の略式命令を下した。
神戸市教委は、顧問X1と副顧問X2の両講師を、講師任用期間満了(2005年9月末)までの46日間の停職処分にした。両講師は退職届を提出し、8月16日付で受理されて退職した。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7363/
 

3. 2009年7月29日
滋賀県愛荘(あいしょう)町立秦荘中学校柔道部は県内有数の柔道強豪校で、当時、初心者はM君ともう1人だけであった。M君は173センチの“長身”だったが、ぜんそくの持病があり、母親は当時の男性顧問(30)に練習メニューなどに配慮を求めていた。
事故当日柔道場内は気温30度を超えていた。1年生にとって初めての乱取り練習が行われていた。顧問が水分補給を指示した際、康嗣君は水筒の置き場とは違う方向に歩くという異常な行動をとった。その後、顧問が相手となって乱取りを続けたが、顧問がM君の大外刈りを返し技で倒した瞬間、M君の意識がなくなった。M君は病院に救急搬送されたが、約1カ月後の8月24日に死亡。死因は急性硬膜下血腫だった。
「絞め落とすまで絞め技を掛け続けるよう指示があった」と柔道部員の証言がある。
警察は顧問を、傷害致死容疑で書類送検したが、大津地検は不起訴にした。遺族は検察審査会に訴え「起訴相当」となったが、地検が再び不起訴にし、検察審査会も検察に沿った決議をした。
https://www.sankei.com/west/news/130518/wst1305180078-n1.html
https://www.sankei.com/west/news/140705/wst1407050046-n1.html
 
 

【懲戒免職処分を受けながら後に処分が軽減された事例】

1. 1994年7月23日
倉敷市立庄中学校バレーボール部顧問教諭
性的嫌がらせと体罰
懲戒免職処分
加害教諭が異議申し立てを行い、1996年3月31日停職6か月に修正された。
1994年7月23日付朝日新聞

 

2. 2003年11月26日
北九州市立中学校で卓球部顧問を務めていた教諭・H(2003年当時35歳)が2003年度、卓球部の生徒に「指導」と称して悪質な体罰・暴行を繰り返したとして懲戒免職になった。
懲戒免職の時点では、Hは「卓球部を強くするためにやった」などと暴力を認めていたが、Hは懲戒免職処分を不服として、北九州市人事委員会に不服申立をおこない、停職6ヶ月の懲戒処分に修正された。2005年度以降何の研修もなしに復職した。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7114/
 
 

【参考事例】

1. 1957年7月5日
1957年、東京都港区の私立芝中学校で、保健体育教諭 Y が担任クラスで学級指導中、早く授業が終わった隣のクラスの生徒数人がYのクラスを覗き込んだ。これに激高したYは、3年生の男子生徒1人を捕まえて平手打ちを数回繰り返す、壁に頭数回ぶつける、足払いして倒すなどした。暴行を受けた生徒は、その直後に倒れ意識不明になり病院へ搬送されたが、事件翌日に死亡した。いわゆる「体罰」で生徒が死亡した事件、また加害教諭が有罪判決を受けた事件は、これが戦後初めてとされる。
学校がどのような処分を下したのかは不明。
http://kyouiku.starfree.jp/d/post-7087/
https://note.com/3104915/n/n3242fbc5a4d7
当会注:足払いをかけているので、Yに柔道の心得があったと思われる。
 

《戦後傷害致死罪として初めて有罪判決を受けた4事例》
その1.参考事例①私立芝中学校
その2.暴力による懲戒免職処分事例①岐阜県立岐陽高校
その3.暴力による懲戒免職処分事例②石川県小松市立芦城中学校
その4.暴力による懲戒免職処分事例③川崎市立桜本小学校
 

2. 1985年11月20日
「1985年9月に児童を殴って重傷を負わせた。他にも日常的に暴力や暴言を繰り返した」として、東京都教育委員会は同日付で、江戸川区立清新第一小学校の男性教諭を諭旨免職にした。東京都での「体罰」による免職は初めて。(当会注:ただし諭旨免職)
http://kyouiku.starfree.jp/d/taibatsu-1980/
 

3. 水戸五中事件(昭和 56 年 4 月 1 日判時 1007 号 133 頁)
この後、体罰容認事例として体罰関連裁判で被告教諭側がたびたび引用する裁判である。
1976(昭和 51)年、茨城県水戸市立第五中学校で女性教員が生徒を殴り、数日後に当該生徒が脳出血で死亡した事件。「体罰に至らない有形力の行使」が問われた判例である。 同校で 1976 年 5 月12日に体力測定が行われ、生徒が教諭の補助員としてついた際に、呼び捨てにした。これに対して、教諭が「指導の一環」として叱責し、生徒の頭を複数回殴りつけた。 生徒は事件後体調を崩し、1976 年 5 月 20 日に脳出血で死亡した。遺族が上記の事実を知ったのは火葬後であり、解剖も行われなかった。
教諭は死亡との因果関係は不明のまま暴行罪で起訴されたが、教諭側は軽くたたいただけで、注意を促すためのスキンシップであったと主張した。一審では目撃証言などをもとに体罰を認定し暴行罪を適用したが、二審では、口頭による説諭が懲戒の原則 としつつも「有形力の行使と認められる外形をもった行為は学校教育上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではない」として違法性を否定し、逆転無罪となった。
http://www.showado-kyoto.jp/files/kyoikuhoki-topic/topic020.pdf
 

【参考文献】

    1. 2012年度(平成24年度)
    体罰で懲戒処分などを受けた公立小中高校などの教員数は、文科省のまとめでは過去最多の2253人であった。
    免職3人(前年度0人)、停職16人(同20人)、減給90人(同52人)、戒告67人(同54人)。それ以外の訓告などが2077人(同278人)。全教員数の0.24%。
    校種別:小学校652人(29%)、中学1093人(49%)、高校488人(22%)
    被害を受けた生徒数:4686人
    12年度分として文科省は教員5415人の体罰を把握
    2013年12月18日付朝日新聞
     

    2. 2013年度(平成25年度)
    体罰で処分された公立小中高校の教員数は、文科省のまとめでは3953人であった。
    過去最高だった前年度を1700人上回った。しかし今年度の数字には、前年度に処分されなかった者が多く含まれているため、13年度中に新たに発覚した体罰は減少したとみられる。
    被害を受けた生徒数:8880人
    体罰のあった状況:小学校「授業中」(61.4%)、中学校「部活動」(38.5%)、高校「部活動」(43.4%)
    内容:「素手で殴る」小中高とも6割前後、中学校「蹴る」(11.5%)、高校「殴る及び蹴る」(9.1%)
    2015年1月31日付朝日新聞
     

    3. 2016年度(平成28年度)
    文部科学省が毎年公表している「体罰に係る懲戒処分等の状況一覧(教育職員)」
    平成28年度に懲戒免職処分1件
    平成29年度:懲戒免職 0件
    平成30年度:「骨折・捻挫など」10件、「鼓膜損傷」4件発生しているが、懲戒免職 0件
    2020年10月14日付神戸新聞
    https://news.yahoo.co.jp/articles/5ab3065863596b1c69bf3da8ffdcb1ca5fdfa78a

     

    【文科省発表の体罰による懲戒免職件数】
    H14年度 0人
    2003年度(平成15年度) 1人(詳細未確認)
    2004年度~2007年度(H16年度~H19年度) 0人
    2009年度(平成21年度) 0人
    2010年度(平成22年度) 0人
    2011年度(平成23年度) 0人
    2012年度(平成24年度) 3人
    2013年度(平成25年度) 0人
    2014年度(平成26年度) 0人
    2016年度(平成28年度) 1人
    2017年度(平成29年度) 0人
    2018年度(平成30年度) 0人
    2019年度(令和元年度) 0人

    https://www.jstage.jst.go.jp/article/stmlib/41/0/41_KJ00006141539/_pdf/-char/ja
    (p.161 H14年度~H19年度までの体罰による懲戒免職人数あり。2003年度の未確認懲戒免職の記載あり。)
    https://www.sankei.com/life/news/151226/lif1512260022-n1.html
    (2015.12.26付産経新聞 わいせつは昭和52年度から調査開始)
    https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1300256.htm
    https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1314343.htm
    https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2013/02/21/1331127_04.pdf

    4.「体罰」教員、懲戒免職0.08%の怪――「リンチでも,責任が問われない!」遺族たちの闘いが始まる 内田良名古屋大准教授
    https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20140725-00037674/
    「体罰」しても懲戒免職は0.08%(2008年度~2012年度)
    生徒の身体に触る等の「わいせつ」によって懲戒免職となったケースが524件と突出して多い。他方で、体罰」による懲戒免職は、わずか3件である。
    同じような暴力的行為であっても、学校外で他人に傷を負わせた「傷害・暴行等」については、懲戒免職の扱いは90件に達する。(2008年度~2012年度)
     
     




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