柔道界の裏切り その3

「全国柔道事故被害者の会」が発足したのは2010年である。当会の存在が、柔道人口減少の原因
となっているかのように言われたこともあるが、設立前から柔道人口は減少していた。
また、当会が、日本の柔道を無きものにしようとしているかのような非難も聞かれたが、
全く違う。日本の柔道が無くなってしまったら、私達の子どもの死は無駄になってしまう。
いくら泣き叫んでも、亡くなった子どもは戻ってこないし、重く傷ついた子どもの身体は
元に戻らない。私達が望むのは、我が子の犠牲をこれからの子どもたちに生かしてほしいという
ことである。相変わらずの同じ事故や事件が繰り返されてゆくから、怒りを覚えるのだ。
息子や娘が好きだった柔道、やりたいと言って始めた柔道を、なぜ否定できよう。
 けれど、我々は、指導の現場では何もできない。すべて指導者に託すしかないのだ。
私達ができるのは、当会が得た情報を全柔連や教育の場に提供し、柔道事故・事件0という
同じ目標に向かうことである。

 見えてきたものがある。
柔道で不祥事があれば、さらにそれが重なれば、柔道界全体が腐敗しているかのように
人は感じてしまうが、事を起こすのは一部の人間である。
同じように全柔連内部で不祥事が起これば、連盟全体が堕落しているかのように
思われてしまうが、全柔連の中にも、柔道事故撲滅のために、千思万考し、論を交わし、
東奔西走している人たちはいる。
 連盟の重大事故総合対策委員会は医科学委員会や教育普及・MIND委員会と共に、
柔道の安全指導第5版「柔道の未来のために」を作成し、その普及に努めてきた。
また、全国に向けて出前講習会を行ったり(今年度は新型コロナ禍によりリモートにて実行)、
「全国安全指導員連絡会」を開催したりして、安全指導の周知徹底を呼びかけている。
それは、柔道人口増加を図るためではなく、柔道を学ぶ子どもらを事故に遭わせては
いけないという思いからである。
当会も、連盟から行事への誘いがあれば参加し、講演の依頼があればすべて受け、
積極的に情報提供もしてきた。同じ目的に向かっていると思うからこそである。

 今年2月末に、全柔連前事務局長のパワハラ問題が発覚した。
全柔連は、昨年10月に出した2度目の「暴力行為根絶宣言」で、「柔道指導者はもとより、
柔道を行う全ての者は、いかなる身体的・精神的暴力も行わず、また、いかなる暴力行為も
黙認せず~」と、「暴力・暴言」を否定している。
にも関わらず、連盟の組織内で、これがすでに発生していた。さらには、その宣言を出して
いる山下泰裕全柔連会長は、前述のパワハラ問題を公表せず、前事務局長を処分もせず、
その事実は、連盟内部の人間にも伝えていなかったという。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/285899
全柔連という大きな組織の中の各部署や、全国の都道府県連盟・協会で、それぞれの職務を
遂行する多くの部下をも、会長は裏切ったのである。
 今年発行された、柔道の安全指導第5版準拠版「楽しく安全に柔道しようよ」の冒頭で、
山下会長は子どもたちに、「柔道MIND」を兼ね備えた柔道人になることを求めている。
http://judo.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/02/anzenshido202005.pdf
Mはmanners(礼節)、Iはindependence(自立)、Nはnobility(高潔)、Dはdignity
(品格)である。
 道場や部活動で柔道を学ぶ子どもたちのまなざしを、山下会長に見てほしい。
あまたあるスポーツの中で、あえて柔道を選択した子どもたちは、それなりの心構えを
持っている。
畳の上で正座してまっすぐ前を見ている子どもたちは、少なくとも、礼節と品格は備えている。
 彼らに望む前に、会長自身が、柔道MINDを持ち合わせているかと尋ねたい。
選手としての実績と組織の長としての才腕は、無関係である。輝かしい実績があるがために、
誤った方向に進んでいても意見してくれる者が誰もいないのだとしたら、
それはそれで不幸なことである。




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